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・19年前から、港北ニュータウンの緑地をめぐるボランティア活動をやってきたが、活動の進展は、4.5くらいの段階に分かれる。
・まず、最初は、港北ニュータウンの保存緑地の管理を住民主導の会に任せてもらうための活動があった。団地の管理組合の理事会は、保存緑地はみんなのものだから、行政が管理すべきで、有志の住民の会に任せる訳にいかないという主張で対立した。結局、みずから理事長をやるという形で、問題は解決した。
・保存緑地に隣接した鴨池公園があり、雑木林は保存緑地から鴨池公園につながっている。そこで、鴨池公園の雑木林まで、活動の範囲を拡げていったのが第2段階だ。
公園というパブリック・スペースに関わっていくことで、住民意識から市民意識への変化があった。
・第3段階は、「港北ニュータウン緑の会」をつくったことだ。港北ニュータウンの公園は、中央公園があり、4つの地区公園があり、13の近隣公園があり、さらにその下位の公園があるというヒエラルヒーになっている。その公園がぜんぶ緑道で結ばれている。それに対応する形でいろんな所にできてきた市民の会の連合体が港北ニュータウン緑の会だ。
・やはり、旧住民の方たちが中心になっている自治体や行政との対立が起きた。当時の行政は、悪平等的な考えが強く、何か言うとすぐに、それは自治会に任せるといったように、市民の会には壁をつくる傾向が強かった。そうした傾向は、最近になって随分、変わってきた。
・つぎは、「横浜の森のフォーラム」だ。港北ニュータウン緑の会と舞岡のグループなどが集まって横浜全体の活動を考え方が、これは足並みが揃わず、うまくいかなかった。それで、0.5に数えてある。
・4.5の段階は、「NPO緑の街」だ。これまで、緑の側から街を見る活動で仲間を増やそうとしてきたが、だんだん頭打ちになった。その理由は、緑や森に対する興味、関心という点では、いろいろな層の方がいるからだと気づいた。そういう人たちを結びつけていくには、街の方から考えた方がいいと、頭をきりかえた。
いろいろな違った関心や活動分野を結びつけていくツールとして、地域通貨に力を入れている。
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