地上に戻ったジョバンニにとっての「銀河鉄道の夜」・1

「銀河鉄道の夜」の終わり方 ---読者に残された問
 最終稿の「銀河鉄道の夜」の結末は、第三次稿までの黒い大きな帽子の大人も削除されて文学としてはまとまりのよいものになっているが、何かあっけない終わり方という感じも残る。
 結末では、「ジョバンニはもういろいろなことで胸がいっぱいでなんにも云へ」ない状態にいる。しかし、後でこの日の経験について、ジョバンニはどう考えるだろうか。「銀河鉄道の夜」の旅とカンパネルラとの別れを通じてジョバンニはどう変わるだろうか。ややあっけない終わり方をすることで、そういう問いかけが読者に残されている、と考えることができるのではないか。
 この問いかけに対する答えは、個々の読者がそれぞれの仕方で考えるべきだが、ここでは、この問題を考えていく上での、いくつかの大事な手がかりを示してみたい。
カムパネルラと別れて生きてゆく勇気  ジョバンニは「銀河鉄道の夜」の旅から地上に戻ってからカムパネルラの死を知った。「銀河鉄道の夜」の旅の途上では、ジョバンニはカムパネルラと「どこまでも一緒にいきたい」という想いが強かったが、カムパネルラにとっては死んで天上に向かう旅であることを知った後では、カムパネルラと別れることは避けがたいことだったことをジョバンニも納得せざるをえないだろう。それがわかった上で「銀河鉄道の夜」の旅を思いかえした時、ジョバンニにとってこの経験はどういう意味をもちはじめるだろうか。そういう視点から「銀河鉄道の夜」を読み返してみると、この物語を書いた賢治の主題もはっきりしてくるのではないだろうか。多分、「銀河鉄道の夜」の旅は、ジョバンニの人生において決定的な転換点になる。賢治はジョバンニに、「銀河鉄道の夜」の旅の経験を通じて、愛するカムパネルラと別れて一人で生きていく勇気を与えたかったに違いない。
各別各異の微塵(個)がつながる宇宙  ジョバンニに「銀河鉄道の夜」の経験をさせた賢治がこの体験の意味をどう考えようとしたか、という点での示唆のひとつは、最終稿では削除されてしまった黒い大きな帽子の大人がジョバンニに語りかけたことに含まれている。
「さあ、切符をしっかり持っておいで。お前はもう夢の鉄道の中でなしに本当の世界の火やはげしい波の中を大股にまっすぐに歩いて行かなければいけない。天の川のなかでたった一つのほんたうのその切符を決しておまへはなくしていけない。」

 しかし、「切符をしっかり持って」「まっすぐに歩いて行」くジョバンニは、「銀河鉄道の夜」を経験した後では、一人で孤立しているみじめな者ではない。自分の道を「まっすぐに歩いて行く」ということと他の人々との結びつきについては、「農民芸術概論綱要」で描かれている次のような表現が賢治の考え方をよく表している。

 まづもろともにかがやく宇宙の微塵となりて無方の空にちらばらう
 しかもわれらは各々感じ 各別各異に生きてゐる

 この微塵とは、単なる塵ではなく、「華厳経如来性起品」の中で「この三千大千世界ほどもある広さをもった画布が、極小なる一原子の粒子のなかに収められてしまう。そして、一原子の粒子と同じく、すべての極小なる原子の粒子のなかに、残りなく、一つ一つ、それと同様の大画布が一枚ずつはいっているのだ。」と述べられているようなマクロコスモスを写すミクロコスモスとしての微粒子だ。こうしたミクロコスモスとしての微粒子が相互依存的につながっているというのが、賢治の銀河、宇宙のイメージだと思われる。

天気輪の丘から銀河鉄道への転換  とすると、各々の独自の道を行く微塵(個人)とその結びつきという関係が、「銀河鉄道の夜」ではどう描かれているのかを探ってみることが重要になる。この点について考える大事な手がかりになるのは、「天気輪の柱」でジョバンニが遠くの汽車を眺める場面だ。
 そこから汽車の音が聞えてきました。その小さな列車の窓は一列小さく赤く見え、その中にはたくさんの旅人が、苹果(りんご)を剥いたり、わらったり、いろいろな風にしてゐると考へますと、ジョバンニは、もう何とも云へずかなしくなって、また眼をそらに挙げました。
 この後、「銀河ステーション」という声とともに、ジョバンニは銀河鉄道に乗っている自分に気づく。そして、地上では気弱ないじめられっ子だったジョバンニが、カムパネルラとともに銀河鉄道に乗ってくるさまざまな人たちと出会い、意味ふかい会話をかわす。つまり、「たくさんの旅人が、苹果を剥いたり、わらったり、いろいろな風にしてゐる」列車は、地上でのジョバンニの寂しさの対極をなす、人々の深い交わりの場なのだ。ジョバンニは銀河鉄道の乗客になることで、そうした交わりに加わることができたのだ。銀河鉄道とは、宇宙の微塵としてのさまざまな個がたがいに関わりあう場所である。
コミュニタスとしての「銀河鉄道の夜」  こうして、私たちはふたたび「コミュニタスとしての銀河鉄道の夜」というテーマにもどってくることになる。コミュニタスとは、ビクター・ターナーが提唱した概念であり、社会が大きな危機や転換期に直面した時に生まれる、人々の反構造的なコミュニケーションや結びつきを意味する。反構造的というのは、日常の社会の制度とか役割とかいった構造が無意味になって人々の関係が流動化することだ。大きな危機や転換期に直面した社会では、普段の構造化されたコミュニケーションと違って、社会的な役割という装いを脱いだ個々の人間どうしの触れあいや結びつきが生まれる。例えば、阪神大震災の時の被災者どうしや、救援にかけつけた人たちの間に生まれた関係の多くも、こうした意味で、コミュニタス的な性格を帯びていたと言えるだろう。
 ビクター・ターナーは、コミュニタスの例として、カーニバルなどとともに巡礼をする人々の間に生まれるコミュニケーションをあげている。
ジョバンニと銀河鉄道の夜の乗客たちとの出会い  カンパネルラが死んで天上に向かいつつあるのだと知らないジョバンニは、「銀河鉄道の夜」の旅をしながら、カンパネルラとどこまでも一緒に行きたいという願いを強くもっていたので、ジョバンニの気持ちは他の乗客とのコミュニケーションよりカンパネルラとの関係に向きがちだった。しかし、地上に戻ってカンパネルラの死を知った後で、銀河鉄道の乗客たちの出会いを思い返すと、それは、地上で知らなかった深い経験であったことに気づく筈だ。
 銀河鉄道という宇宙を走る列車の乗客は、ジョバンニとカムパネルラのほかは、鳥を捕る人や灯台看守などの銀河のある地方に棲む庶民というべき人たちや、発掘をする大学士、そして溺れた天上に向かう子供たちとその家庭教師といった人たちだ。こうした人たちとの深い交わりが可能だったのは、銀河鉄道が地上での命を失って天上に向かう旅人たちと銀河のあたりに住む地元民が乗り合わせる、特異なコミュニタス的な空間であったためだと言えるだろう。銀河鉄道に乗り合わせた人たちは、地位や年齢に関係なく各々が対等に会話し、心のこもったやりとりをしている。つまり、それぞれの人は定められた別々の違った道を歩んでいながら、たがいに他を認め、いたわりあう、つまり「われらは各々感じ 各別各異に生きてゐる」という微塵(個人)どうしの関係が銀河鉄道の乗客の間には生まれている。
 ジョバンニは、カムパネルラが溺れたことを知らずに、カムパネルラとともにこの特異な空間への旅を共にして、こうしたコミュニタス的な関係を経験することができた。この経験の意味が明かになるとともに、地上に戻ったジョバンニは、カムパネルラと別れた後で一人で生きていく勇気を与えられたに違いない。

ちくま文庫「宮沢賢治全集 7〜『銀河鉄道の夜』」
「宮沢賢治全集 10〜『農民芸術概論綱要』」
中央公論社「大乗仏典12 如来蔵系経典」より

地上に戻ったジョバンニにとっての「銀河鉄道の夜」・ 2


子供から大人への過渡期の文学
作品の多義性、重層性
賢治の作品世界
宮沢賢治の宇宙