野宿して恐竜に出会った楢ノ木大学士

野宿の夢を楽しむ楢ノ木大学士
 「楢ノ木大学士の野宿」は、宝石学者の楢ノ木大学士が、良質の蛋白石(オパール)探しを頼まれて東京から岩手県に出かけ、山の中や海岸を歩きまわり、3晩にわたって野宿し、まわりの岩頸の山たちや鉱石たちが言い合いをしている夢を見る話である。3夜目の夢では、恐竜が出てきて喰われそうになる。
 野宿をするのが好きで、山や鉱石が話をしはじめる夢に喜悦する楢ノ木大学士には、賢治自身が投影されている。
蛋白石を探しにでかけた大学士  宝石学の専門家である楢ノ木大学士の家に「貝の火兄弟(けいてい)商会」支配人という怪しげで赤鼻の人物が、「ごく上等の蛋白石」さがしを頼みにくる。「グリーンランドの途方もない成金」から注文があったのだという。大学士は、「僕は実際、一ぺんさがしに出かけたら、きっともう足が宝石のある所に向くんだよ。」などとほらを吹いて、安うけあいする。
 そして、「途方もない長い外套(ぐわいたう)」に「変な灰色の袋のやうな背嚢(はいなう)」というおかしな格好の大学士が大きな金槌をもって上野駅をたっていく。
最初の晩の夢……
岩頸の山たちが語りはじめる
 最初の日、大学士は花巻の北西の葛丸川の河原を歩いて蛋白石を探してあるくが、すぐに夜になる。「今夜はずゐぶん久しぶりで、愉快な露天に寝るんだな。うまいぞうまいぞ。」と外套を着たまま、石の上に横になる。まわりの「山どもがのっきのっきと黒く立つ」のが眺められる。その山の形が岩頸なのに気づき、大学士は得意になって岩頸についての講義をはじめる。「諸君、手っ取り早く云(い)ふならば、岩頸といふのは、地殻から一寸(ちょっと)頸(くび)を出した太い岩石の棒である。その頸がすなはち一つの山である。------」地殻からのぼってきた熔岩が冷えて固まって棒状になり、まわりの地殻が侵食されて、頸のような熔岩が残って山になっているのが岩頸なのだ。そのうち、夢ごこちになってきて、岩頸の4つの峰が、せりあがってきて、4人のラクシャンの兄弟になってどなったり、話したりしはじめる。大学士は、大喜びでこの夢を楽しんだ。
白亜紀にまぎれこみ恐竜にでくわす  3日目にも成果がないまま、楢ノ木大学士は頁岩(けつがん)が波に洗われる海岸を歩き、夜になり、洞窟に寝る。何のために旅にでかけたのかわからなくなり、思い出そうとする夢を見て、博物館におさめる「白亜(はくあ)紀の巨(おほ)きな爬虫(はちゅう)類の骨骼(こっかく)」を探してくれと頼まれたような気になる。そういえば、この海岸の岩は白亜系の頁岩だったと思い、夜が明けた海岸に夢の中でかけていく。すると「その灰いろの頁岩の/平らな奇麗な層面に/直径が一米(メートル)ばかりある/五本指の足あとが/深く喰ひこんでならんでゐる」のをみつけ、大学士は喜んでその足あとを辿っていく。岬をまわると、なんと化石ではなく、大きな雷竜(らいりゅう)がいる。白亜紀にまぎれこんでしまったのだ。そして、雷竜の顔がにゅうと突き出された所で、大学士は夢から眼をさます。
岩手県の海岸で発見された日本最初の恐竜化石  賢治の時代には、恐竜の化石は日本列島では発見されていなかったが、この楢ノ木大学士の話からもわかるように、賢治は岩手県の海岸の白亜紀の地層に恐竜の化石があるのではないかと考えて探していたようだ。実際に、1978年になって岩手県岩泉町茂師で、日本でははじめて恐竜の化石が発見された。賢治の予想があたっていたことになる。
ちくま文庫「宮沢賢治全集 6〜『楢ノ木大学士の野宿』」より

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