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北守将軍と三人の兄弟医者

将軍の身体と精神の硬直を三人の医者が癒す
 長い、長い砂漠での戦いから疲労困憊して戻ってきた老将軍が陥った困難から、3人の兄弟医者が救う。困難とは、30年にわたる長い戦いの間将軍は馬にずっと乗っていたために、両足が馬や鞍とくっついてしまい馬から降りられなくなったという奇妙なものだ。疲弊して灰色の霞のようになった軍勢と将軍の描写とこの設定とが結びつけられて、ユーモラスで超現実的なイメージが描きだされていく。
兄弟医者が治療したのは馬にくっついた足だけでなく、戦いですさみ硬直した将軍の精神も癒されたようだ。

砂漠から戻ってきた疲弊した大軍  アジア内陸のどこかと思われるラユーの町に、ある日、遠くからチャルメラやラッパの音が聞こえ、やがて鎧(よろい)の気配やひづめの音がしてくる。驚いて城壁を閉ざした町の人々が外をのぞいていると、見えてきたのは疲弊しきった軍勢だった。「兵隊たちが、みな灰いろでぼさぼさして、なんだかけむりのやうなのだ。」
 じつは、これは30年前にこの町から砂漠に出陣していった大軍であることがわかる。この軍を率いるソンバーユー将軍は威張って出かけていったが、いまや70歳の老人で疲れきっている。砂漠は寒く、乾いた風が砂を吹きあげ、つらい行軍だった。たまたま敵が残らず脚気で死んでしまい、戻ることができたのだ。
馬から降りられなくなった将軍  これを知って町の中は大騒ぎになり、王様からの迎えが軍のところに出かけていく。ソン将軍はそれを見て白馬から降りようとするが、降りられない。30年間、馬に乗ったままだったので、両足が鞍と馬の背中にくっついてしまったのだ。目の悪い王様の迎えは謀反だと思って帰ってしまう。ソン将軍は事情を説明する使いを王様に送り、自分は上手な医者だと聞いたリンパー先生の所に行く。
三人の医者による治療  リンパー先生の病院に馬に乗ったまま入っていくと、たくさんの患者が待っていて、90人待ってくれと言われる。年老いても粗暴な将軍は「すぐ見ないならけちらすぞ。」とすごむ。リンパー先生はすこしもあわてず、娘が何かの花を馬に食べさせると馬はしゃがんで眠ってしまい、将軍はあわてる。リンパー先生が馬を座らせたのだった。
 先生が兜に薬をかけて両手でゆすぶると、とれなくなっていた兜がすぱりととれる。そして、今度は将軍は隣の馬医のリンプー先生の所に行く。リンプー先生は、赤い小さな餅を馬に食べさせると、馬はがたがたふるえだし、辛いけむりを噴き、そのうち滝よりひどい汗をだす。そしてプー先生が両手で鞍をゆするとすっぽりと離れ、将軍は床に落ちる。こうして硬直した身体がほぐされて自由になる。
国の医者への推薦  将軍は、つぎに植物の医者のリンポー先生の所に行き、顔中に生えた灰色の植物をとってもらう。顔がつるつるになって将軍は30年ぶりににっこりした。
  王様の前に出た将軍は、職を辞し郷里に帰ることにし、かわりに4人の大将を推薦し、リン兄弟を国の医者にすることを王様に願う。
ちくま文庫「宮沢賢治全集 8〜『三人兄弟の医者と北守将軍』」より

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