■「宇宙卵を抱く----21世紀思考の可能性」簡略版

Ι 問題設定

 現時点の幼児たちの何割かは二一世紀の半ばを超えて生きることになるだろうが、彼等の行く手には、気象異変の深刻化、資源の争奪戦の激化、暴力の連鎖など気の滅入るたくさんの難問が待ち構えている。こうした諸問題のどれひとつをとっても解決の目処がついていない。そのため、二一世紀の見通しを描く場合、悲観的なあるいは絶望的なシナリオならいくらでも描くことができる。他方、二一世紀の希望のもてるシナリオで単なる夢物語ではなく実現可能性のあるものを探り出そうとすると、これは簡単な問題ではない。『宇宙卵を抱く----21世紀思考の可能性』の作業は、この狭い道を探るルート開拓の試みである。
 この作業を進めるにあたっての大まかな仮説として、「A─パラダイム・シフト」「B─ポスト・マテリアリズム」「C─資源制約と環境再生」という三つの大きな流れを想定し、この三つをうまく関連づける回路を見つけ、その機能を強化していくことが希望のもてるシナリオへの鍵になる、と考える。
 Cの「資源制約」には、鉱物や化石燃料、食糧、木材、水などの希少性が高まり、資源争奪戦が激しくなっていくこと、それにともなって熱帯雨林の伐採などの環境破壊が進行すること、気象異変による大災害の頻発、砂漠化の進行、旱魃などにより自営的農民の食糧生産が低下すること、なとが含まれる。Cの「環境再生」は、こうした困難に対処するための再生可能エネルギーの利用促進、エネルギー効率の向上などによる低炭素化、貴重な生態系の保全と再生など、事態を改善させる努力を指す。こうした「C─資源制約と環境再生」という問題が最初に顕在化したのは、一九七〇年代前半のオイル・ショックの時であり、その前にローマクラブの『成長の限界』という形で警鐘が鳴らされていた。
「A─パラダイム・シフト」とは、〈機械的システム〉から〈生きたシステム〉へ、線形科学から〈非線形科学〉へ、あるいは複雑なシステムや〈カオス〉、〈自己組織性〉への注目といった、自然科学研究の先端で起きている思考の枠組みの転換を指す。こうした探究の端緒となるルネ・トムのカタストロフィーの理論、イリヤ・プリゴジーヌの〈散逸構造論〉(A-3)は一九七〇年代はじめに提唱され、一九八四年に設立されたサンタフェ研究所によって〈複雑性研究〉が広く注目されるようになった。「C─資源制約と環境再生」という流れに適合できるように社会が変化していくためには、人々の価値観や動機の体系の構造転換が不可欠だ。そうした社会学的な構造変化を捉える指標として、ロナルド・イングルハート等の「B─ポスト・マテリアリズム」に着目した。彼等が推進したWorld Values Surveyには、世界各国の価値観の変化について膨大な時系列データが集積、公表されているので、これを手がりとして利用した。彼等の議論をもとにすると、一九六〇年代後半の世界各地での若者たちの反乱の背景にあったのは、戦前生まれ世代(マテリアリスト的)と戦後生まれ世代(〈ポスト・マテリアリスト〉的)との著しい価値観のギャップだったという仮説(B-4)を立てることができる。
 イングルハート等はWorld Values Surveyのデータの分析に基づき、〈ポスト・マテリアリスト〉指数と相関が高い基本的な変数に〈自己表現志向〉という名前をつけている。『宇宙卵を抱く----21世紀思考の可能性』では、より思考刺激的なものにするようにこの変数を解釈し直して、〈ポスト・マテリアリスト〉の基本的な関心を表す〈多面的セルフ・ディベロップメント〉という概念(B-3)を設定している。
 このように、A、B、Cの流れはいずれも二一世紀後半に顕在化していて、徐々にそれぞれの伏流が大きくなり、近年、これらの重要性を多くの人たちが認めざるを得なくなっている。そこで、このA、B、Cの流れの相互連関をどのように捉えるかが、問われることになる。
 A、B、Cの三つの流れをうまく結ぶ回路をつくっていくためには、自然科学研究の先端における「A─パラダイム・シフト」を社会システム、文化システムについての考察へと橋渡しする良い経路を見つけることが重要な問題になる。この作業では、熟慮を重ねて、つぎの六つの主な経路を設定することになった。

(一)ジェーン・ジェイコブスとクリストファー・アレグザンダーによる〈生きたシステム〉としての都市、建築についての探究(A-10、11、13、14)。
(二) 『荘子』の渾沌の寓話を山田慶児がモデル化した〈三極構造モデル〉(A-15)。
(三)文化人類学者ヴィクター・ターナーが儀礼の研究から抽出した〈構造と反構造〉、〈コムニタス〉の概念(A-17)。
(四)アルバート=ラズロ・バラバシによるワールド・ワイド・ウェブなど〈複雑なネットワーク〉の特性の研究(AC-3)。
(五) 帝国主義を生み出す〈大陸的思考〉にカリブ海の文学者エドゥアール・グリッサンが対置した〈列島(群島)的思考〉(ABC-6、7、8)。
(六) 生態系の自然な流れに逆らわず、人間にとって有用な作物を生態系の中に組み込んでいく知恵と技法の共有をめざすビル・モリソンとデービッド・ホルムグレンの〈パーマカルチャー・デザイン〉(ABC-21)。

 このうち(一)(二)(三)はAに分類し、(四)はACに、(五)(六)はABCに分類した。

A.パラダイム・シフト

A-1 World Wide Web
 ある時代の支配的なテクノロジーは人々の思考方法にも大きな影響を与えるが、インターネットと多数のウェブサイトの複雑なつながりからなるWWWは、知らず知らずのうちに人々の感覚や思考を変化させつつある。
 20世紀に支配的であった機械的システムは集権的、トップダウン的、計画的であるのに対して、WWWは分散的、ボトムアップ的、生成的なシステムということができる。

A-2 複雑なシステムと非線形性、要素間の相互作用
 線形的なシステムは、構成要素をそれぞれ独立したものとして扱い、相互作用を無視することができるシステムだ。それに対して、構成要素の相互作用が大きく独立の要素と見なすことができないものを<非線形的>なシステムという。たとえば、多数のホタルの発光の歩調がだんだんにそろって、一斉に光ったり、消えたりするようになる<同期>現象は、<非線形的>な現象の代表的な例だ。個々のホタルが周囲のホタルと無関係に勝手に発光するのではなく、周囲のホタルの影響を受けるために、<同期>現象が起きる。

A-3 非平衡開放系と散逸構造---生物の形づくりとリズム----イリヤ・プリゴジーヌ
 熱力学的な平衡に近い系では、エントロピー(乱雑さの度合い)が増大していく。ところが、非平衡開放系(平衡から遠く、外部との物質の出入りがある系)では、エントロピーが縮小するような現象が起きうる。下から加熱し、上からは冷やす状態におかれた容器の中の液体で起きる対流現象はその一例だ。I.プリゴジーヌたちは、非平衡開放系の化学反応で起きるさまざまなふるまいと秩序形成について詳しい研究を行い、その秩序を「散逸構造」と呼んだ。「散逸構造」研究は、生物の胚発生が進む過程の周期性と体節のような同じ形が繰り返される構造との関係を理解するためにも、きわめて示唆に富んでいる。
エントロピー増大の簡単なパタン蜂の巣状に整列した対流のパタン
本多久夫「形の生物学」2010年 NHK出版

XYの濃度変化が描くリミット・サイクル、物質の濃度差が描く複雑な模様
雨宮好仁「生命ダイナミクスと次世代集積デバイス」2003年 日本神経回路学会

A-4 相転移と非線形現象 (ベキ乗則、フラクタル性)
 氷が0℃前後で溶けて水になり、水が100℃前後で蒸発して水蒸気になるといったような物質の相の変化を相転移という。こうした相転移の局面では、それまで線形的だった分子のふるまいが非線形的になる。つまり、分子の相互作用が現象の展開の仕方を左右するようになる。そして、相転移点の近くでは、分子のふるまいが正規分布ではなくベキ乗則にしたがうとか、フラクタル性を示すなど、生物現象にともなうことが多い特性が現れる。

A-5 単純な演算の繰り返しとカオス
 非線形システムの研究が注目されるようになるきっかけのひとつは、<カオス>の発見だった。XnからXn+1を算出するような簡単な演算の繰り返しからランダムなふまるいが生まれることが知られるようになり、この現象が<カオス>と名づけられた。それまで、ランダムなふるまいはサイコロを振るような確率的な現象から生まれると考えられてきた。<カオス>はそうした考えを覆すものだった。
上皮シートから見た身体の内と外   上皮細胞に「袋」をつくらせる実験 血管分岐系の形成過程
      J・ブリックス、F・J・ビート「鏡の伝説」1991年 ダイヤモンド社

A-6 単純なルールの繰り返しと複雑性------スティーブン・ウルフラム
 S.ウルフラムは、算式ではなく1次元のセル・オートマトンを使い、単純なルールの繰り返しからどんな模様が生じるか、詳しく研究した。その結果、周期的に同じ模様が現れる秩序だったふるまいとまったく規則性のない<カオス>的ふるまいの間に、秩序が感じられるもののどんな規則性なのか説明することが困難な模様が現れることがわかった。こうした現象が<複雑性>と呼ばれるようになり、生命現象を考えるための手かがりとして注目を集めるようになった。
規則的パタン1

規則的パタン2

不規則なパタン
      S・ウルフラム「A NEW KIND OF SCIENS」2002年 Wolfram Media

A-7 複雑適応システムと創発、自己組織化------ジョン・H・ホランド
 <複雑適応システム(Complex Adaptive System)>とは、相互作用する多数の適応的なエージェントからなる複雑なふるまいをするシステムである。適応的なエージェントとは、周囲のエージェントや環境との相互作用の情報のフィードバックを得て行動特性を変えていくことができる要素のことだ。
 近くのエージェントどうしの関係について、簡単な局所的なルールを与えると、うまくいけば、相互作用がつみ重なって大域できわめて複雑な秩序が生まれる。このようにトップダウン的な指令によらず、分散的なエージェントの相互作用によって、大域的な秩序が生成することを<自己組織化(Self-organization)>と呼ぶ。どのような局所的ルールからどのような大域的秩序が生まれるか予測できない場合が多く、高次の階層における思いがけない秩序の生成を<創発(Emergence)>と呼ぶ。
複雑適応システムの概略
  複雑適応システムの進化
マレイ・ゲルマン/スチュアート・カウフマン「クォークとジャガー」1997年 草思社

A-8 複雑適応システムの進化とカオスの縁------スチュアート・カウフマン
 S.カウフマンは、生命システムの進化について探るために、多数の電球が多数の結線によってつながったブール式ネットワークのモデルをつくり、そのふるまいを調べた。(t+1)のある電球のオンorオフは、結線で結ばれたいくつか電球のt時点のオンorオフによって決まる。その際のルールにはさまざまなパタンがある。(イ)電球の数(ロ)電球ひとつあたりの結線の数(ネットワークの緊密度)(ハ)電球の相互作用のルールといった条件をさまざまに変えて、シミュレーションを行った。その結果、電球の相互作用の密度が低い時には、単純な周期的なふるまい(凍結した秩序)が現われ、逆に密度が高すぎると無秩序な<カオス>になり、その中間で多数のアトラクターを順に巡るきわめて複雑な秩序が生じることがわかった。この中間の地帯が<カオスの縁>と呼ばれる。生命システムは<カオスの縁>に向かって進化すると、カウフマンは言う。
ブール式ネットワークの「複雑適応システム」の進化
図A-14 ブール式ネットワークの「複雑適応システム」の進化

A-9 生物の形づくりと自己組織性------本多久夫
 生物の複雑で精緻な形は、胚発生過程における細胞の増殖と分化の積み重ねを通じてつくりだされていく。そうした過程を規定しているのは、遺伝子に描き込まれている情報とともに細胞どうしの自己組織的な相互作用だ。そこで、本多久夫『形の生物学』をもとにして、後者の理路をとりあげた。動物の形をつくっていく際の細胞どうしの自己組織化の仕組みのうち、表皮シートが「袋」構造をつくる特性に、本多は着目する。これが動物の形をつくる基本的な理路となっている。
上皮シートから見た身体の内と外    上皮細胞に「袋」をつくらせる実験 血管分岐系の形成過程
逐次的自己構築のモデル本多久夫「形の生物学」2010年 NHK出版

A-10 複雑適応システムとしての創造的な都市------ジェーン・ジェイコブス
 ウォーレン・ウィーバーの複雑性についての論文はあまり注目されなかったらしいが、J.ジェイコブスは自然科学の門外漢であるにもかかわらず、その重要性を見抜いた。1961年に出版された"The Death and Life of Great American Cities"の最終章で、ウィーバーの論文に言及し、都市の動的発展をうまく捉えるモデルを構成するには、「組織された複雑性」の視点が不可欠であることを指摘している。こうした視点と、ニューヨークを分断する高速道路建設に反対したジェイコブスのモダニスト的な都市理論に対する徹底的な批判との関連を探った。

A-11 なぜ人工的な都市は失敗するのか?------クリストファー・アレグザンダー
 C.アレグザンダーは、"City is not a Tree"で、ブラジリアのような人工的な都市はなぜことごとく退屈な失敗した都市になってしまうのかを問題にした。時間をかけて自然に成長する都市では、都市機能の諸要素の関係が入り組んだ<セミラティス構造>になるのに対して、テザイナーの計画通りに短期間で建設される人工都市では、<ツリー構造>になってしまう。人工都市が柔軟な発展性をもちえないのはこのためだとした。この議論は、J.ジェイコブスの言う発展的都市の複雑な秩序を数学的な視点から考察したものと言える。
ツリー構造とセミラティス構造

A-12 セミラティス構造とリゾーム------ドゥルーズ=ガタリ
 C.アレグザンダーによる<ツリー構造>と<セミラティス構造>の対比によく似ているのは、『千のプラトー』におけるドゥルーズ=ガタリの<ツリー>と<リゾーム>の対比だ。 <リゾーム>とはタケやハスなどの根茎のことで、一般の植物の根と違って、「任意の一点を他の任意の一点に連結する」

A-13 生成的なプロセスと構造保持変換------クリストファー・アレグザンダー
 C.アレグザンダーによると、自然の中でつくられる形態はことごとく<生きた構造>をもつが、人間の制作物には<機械的な構造>をもつものと<生きた構造>をもつものがある。<機械的な構造>は設計図の通りに部品を組み立てていく機械的プロセスによってつくられる。他方、<生きた構造>をもつ制作物は、<生成的なプロセス>を通じてのみつくりうる。 <生成的なプロセス>の特質は、<構造保持変換>の積み重ねにある。AからBへの変換を<構造保持変換>と言えるのは、BがAの構造を維持していて、かつ、BがAよりも生き生きとした力をもつと判断できる場合だと言う。
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ツリー構造とセミラティス構造 Alexander, Christopher: The Nature of Order 2, p.52 2003 に基づく

A-14 読むことと書くことをめぐる螺旋的発展------クリストファー・アレグザンダー
 『パタン・ランゲージ』でC.アレグザンダーは、都市、住宅、オフィスなどの活動の空間を<生きたシステム>にしていく<生成的なプロセス>について詳細に検討し、人々が生き生きとした空間をつくっていく共働作業を支える共通言語を編集している。
 アレグザンダーは、活動の空間からさまざまなことを感じとり、そこに手を加えて、より生き生きとした場所にしていく作業を文章の推敲になぞらえている。そこで、ある場所の生き生きとした力の程度を感じとり、さまざまな要因の相互連関を解読する作業を「読むこと」、場所を構成する諸要因に手を加える作業を「書くこと」と呼ぶことにすると、<生成的プロセス>は、<読むことと書くことを巡る螺旋的発展>であるということができる。
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A-15 カオスの縁と3極構造モデル------山田慶児
 山田慶児は、『荘子』に出てくる渾沌の寓話(南北の帝が、中央の帝・のっぺらぼうの渾沌の目鼻、耳、口を穿ったため、渾沌は死んだ)を図式化している。渾沌の寓話の最初の状態は、同心円の真ん中が黒く塗られ、外の円がaとbに分割された3極構造モデルによって表される。他方、真ん中の黒い円がなくなり、aとbに分割された円だけになった2極構造モデルは「渾沌の死」に対応する。近代化とは、おおまかには、3極構造⇒2極構造にあたる社会の構造変化だと考えることができる。また、3極構造モデルはA-8の<カオスの縁>に対応する。
混沌の寓話のモデル化

A-16 自己組織化とチームによる共創------グレンダ・オヤング
 <複雑適応システム>の視点から社会システムを考察し、その設計やマネジメントに活かそうとする試みのひとつとしてG.オヤングによるものがあり、それは仕事のチームがどのような条件のもとで<自己組織的>な発展を起こすかという研究だ。
 彼女は、この問題を探るためのCDEモデルを提案している。つまり、<自己組織的>な発展に向かっていくために配慮すべき要因として、器(Container)、差異(Difference)、交換(Exchange)の3つをあげる。「器」とは、エージェントどうしの良い形の相互作用が起きるような容れ物、つまり<制約条件>のことであり、「差異」とはチームのメンバーの専門分野、性別、文化的背景などの<多様性>のことだ。「交換」は、情報をはじめとする資源がメンバーどうしでやりとりされることを指す。
組織的と自己組織的の対比

A-17 移行の局面とモードの切り替え------ヴィクター・ターナー
 伝統的な社会では、<移行>の局面における儀礼や祭が発達している。誕生、思春期、結婚、出産、死などのライフステージの<移行>、コミュニティの外に旅に出る空間的<移行>、年の巡りや季節の<移行>などの<移行>の局面には、さまざまな不安定や危険がともなうと感じ、それに対処するために原点にもどる、原初的なモードに切り替えるという発想があると考えられる。そこで<移行>の局面についてのV.ターナーの議論をもとに、遊び、儀礼・祭、踊り、音楽、演劇の共通項を抽出しうるモデルづくりを試みた。<日常モード>では、コミュニティのメンバーの活動の自由度が低い安定した構造が生まれる(A-8の「凍結した秩序」に対応)。それに対して、原初的な<越境モード>では、メンバーの自由度が高くなり、時には相互作用を通じて創発的な展開が生まれる(A-8の<カオスの縁>に対応)。
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モードの切り替えのモデル

A-18 思春期とカオス、越境モード------ヴィクター・ターナー
 V.ターナーは、西アフリカのンデンブ族の思春期の通過儀礼について詳しい研究を行った。若者は母親や小さい子供たちのコミュニティから引き離され、森の中の若者小屋に隔離され、出自、身分などの属性をはぎとられ、いわば白紙化される。こうした象徴的な死を経て、新しいアイデンティティが獲得される。そして、<移行>の過程におかれた若者たちは、出自と関わりなく対等な関係で、試練や不安をともにするため、しばしば深い友情が生まれ、そうした結びつきが一生にわたって続くこともある。こうした研究をもとに、<越境モード>における対等な人間関係と深い人間的な連帯感を指す<コムニタス>という概念が構成された。

A-19 実生活の時空と遊び、作品の時空
 子犬がじゃれあっている時には、相手を本気では噛まない。人が誰かをからかう時にも、冗談であることを明示して、相手を傷つけないないようにする。こうした点について、G.ベイトソンは、遊びには「これは遊びだ」というメタ・メッセージがともなっているという。このように、遊びの時空は、実生活の時空とはっきりと識別できるという特徴をもつ。作品の時空についても、遊びの時空と同様の特徴がある。

A-20 遊びのモードへの引き込み
 <実生活のモード>から<遊びや作品のモード>への切り替えがどのようにして起きるかが、大きな問題になる。スポーツ競技の場合には、プレイヤーどうし、プレイヤーと観客の生き生きとした相互作用をもたらすような良い<制約条件>が生まれるように、競技のルールや競技場の設営などさまざまな工夫がされている。

A-21 現実の写像(マッピング)としての作品世界
 現実の秩序構造から抽出した諸要素をある枠組みに移し入れ、その下で諸要素を相互作用させる手続きを、数学の用語を借りて現実の時空から作品の時空への写像(マッピング)と呼ぶことにする。あらゆる領域の文化とは、作品の時空と同様に、実生活から抽出した諸要素をある枠組みの中に移し入れる写像であると考えることができる。

A-22 儀礼・祭の時空、作品の時空
 神々や精霊を招く儀礼における司祭者と参加者との関係は、演劇における俳優と観客の関係によく似ている。いずれの場合も、モードの切り替わりがうまく起きるためには、パフォーマーと来場者の間の良い相互作用が欠かせない。モードの切り替わりへの<期待の共有>がないと、飛躍は起こらない。

A-23 生命システムの主体性(関係子と制約条件)------清水博
 清水博の生命関係学では、<複雑適応システム>のエージェントにあたる能動的な要素は関係子と呼ばれる。それぞれの関係子が無限定でどんな状態もとりうるとすると、コヒーレント(整合的)な関係は無数にあるため解を決められない「不良設定問題」になるという。適切な<制約条件>が決まらないと解ける問題にならない。<生命システム>の主体性とは、自ら<制約条件>をつくり出す特質のことだと清水は言う。こうした視点を踏まえて、J.ホイジンガの『ホモ・ルーデンス』の遊びや儀礼・祭の形式と雰囲気についての議論を整理し直すと、問題の核心に迫ることができる。

「宇宙卵を抱く----
21世紀思考の可能性」

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