■「宇宙卵を抱く----21世紀思考の可能性」簡略版

B.ポスト・マテリアリズム

B-1 脱・物質主義の動機体系─ポスト・マテリアリスト------ロナルド・イングルハート
 R.イングルハートの<ポスト・マテリアリスト>という概念は、1970年のEuropean Values Survey の分析から導かれている。戦前生まれの世代と戦後生まれの世代の間に顕著な価値観の違いがあることが見出された。戦前生まれの世代は経済成長や国防を優先する傾向が強く、こうした特徴をマテリアリスト的と名づけた。それに対して、戦後生まれの世代は、言論の自由や参加を優先する傾向が強く、これを<ポスト・マテリアリスト>的と呼ぶ。イングルハートは、<ポスト・マテリアリスト>が次第に増えていくことが、ヨーロッパの政治の構造変化を生み出すという見通しを立てた。
図b1年代別のマテリアリストとポスト・マテリアリスト
図B-1 年代別のマテリアリストとポスト・マテリアリスト
Inglehart, Ronald. F."Changing Values among Western Publics from 1970 to 2006",West European Politics, p.5

図b2「ポスト・マテリアリスト-マテリアリスト」の推移
図B-2「ポスト・マテリアリスト-マテリアリスト」の推移
Inglehart, Ronald. F. "Changing Values among Western Publics from 1970 to 2006",West European Politics, p.6

B-2 脱・物質主義の動機体系──自己表現志向------ロナルド・イングルハート
 世界中の国々に調査対象を拡張したWorld Values Survey の調査の統計的な分析に基づき、R.イングルハートたちは、<ポスト・マテリアリスト>指数と相関が高い<自己表現志向>という変数を抽出した。この<自己表現志向>という変数の性格を調べてみると、「リベラル(寛容)+アクティブ」という志向と見ることができる。外国人、同性愛、AIDS患者など多様な隣人を容認し、また、環境問題などの集会への参加など活動性が高い。

B-3 脱・物質主義の動機体系──多面的なセルフ・ディベロップメント
 脱・物質主義の動機体系への転換を探る思考刺激的なキーワードになるように、<自己表現志向>を解釈し直し、<多面的セルフ・ディベロップメント>という概念を構成した。
 ある分野の常識を揺るがすようなブレークスルーは、ある人が深く関わった複数の分野の知恵や発想の結合から生まれることが多い。そうした結合を可能にする<内なる多様性>をつくっていくような自己形成を<多面的セルフ・ディベロップメント>と呼ぶことにする。
b-3 「多面的なSelf Development

B-4 1968年 若者たちの反乱とポスト・マテリアリズム
 1968年には、フランスをはじめとする西欧、米国のベトナム反戦運動、日本の学園闘争など、若者たちの反乱が連動するように起きた。この背景には、戦前世代(マテリアリスト的)と戦後世代(<ポスト・マテリアリスト>的)の価値観の亀裂(B-1)があったと考えることができる。

B-5 西欧のポスト・マテリアリスト──緑の党の支持層
 R.イングルハートは、<ポスト・マテリアリスト>が次第に増加することによって、ヨーロッパの政治の構造変化が起きると予測したが、それは「緑の党」が政策に影響力をもつ勢力になる、という形で現実化している。ヨーロッパ各国ごとに「緑の党」の形成の歴史は異なっているが、支持層が<ポスト・マテリアリスト>的な基調をもつ点は共通している。  

B-6 アメリカのポスト・マテリアリスト──クリエイティブ・クラス------リチャード・フロリダ
 R.フロリダは、アメリカのどんな都市が発展性をもつかを統計的に分析し、重要な要因として3つのT(Technology, Talent, Tolerance)を抽出した。Tolerance(寛容)が重要なのは、ハイテック系のエンジニアは文化的多様性が高い都市に住むことを好むため、そうした条件をもつ都市にハイテック系企業の集積が進むためだ。こうしたデータをもとに、フロリダは、クリエイティブ経済の中心的担い手としての「クリエイティブ・クラス」という概念を構成した。「クリエイティブ・クラス」は自らの創造性を高めていくことを最重要視する人たちであり、科学者やエンジニアとともにアーティストが主な構成員と見なされる。かつての大企業の「パワー・エリート」は保守的でマテリアリスト的な価値観をもったが、「クリエイティブ・クラス」は<ポスト・マテリアリスト>的な価値観をもつ。
 フロリダの議論は、J.ジェイコブスの多様性と創造性についての考察(A-10)の現代的展開としての性格をもつ。

B-7 ポスト・マテリアリストのノマド性------ジャック・アタリ
 R.フロリダのいう「クリエイティブ・クラス」の人たちの重要な特徴のひとつに、世界の各地に気軽に移り住む、<ノマド>性をもつという点がある。J.アタリの『21世紀事典』では<ノマド>がもっとも重要なキーワードになっている。移民労働者や難民のような悲惨な<ノマド>と、「ハイパークラス」という恵まれた立場の<ノマド>の両方が顕著になるとアタリは言っている。「ハイパークラス」がフロリダの「クリエイティブ・クラス」にほぼ対応する。

B-8 日本列島流のポスト・マテリアリズム
 「リベラル+アクティブ」という特徴をもつ<自己表現志向>は、<ポスト・マテリアリスト>指数と相関が高いが、World Values Surveyのデータでは、日本は、高い所得国の中では<自己表現志向>が目立って低い国となっている。日本的システムは、キャッチ・アップ型の工業化を目標につくられてきたが、その目標を達成した1980年代になってもそのシステムの組み替えを実現できなかったのは自立した市民が未成熟だったためだが、これと<自己表現志向>の低さは不可分の関係にある。そうした中で、日本列島流の<ポスト・マテリアリズム>はどのような形をとりうるか。
 多彩な<ポスト・マテリアリスト>を引き寄せる、辺鄙な地域における<創造拠点>の形成が、その基本的な視点となると思われる。
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図B-5 自己表現志向と1人当たりGDP[World Values Survey に基づく]

C. 資源制約と環境再生

C-1 エコロジカル・フットプリント
 エコロジカル・フットプリント(EF)は、人間の経済活動の現状と自然の許容量の関係を表すために工夫された指標で、ある地域の経済活動に投入される資源の大きさを土地や海洋の表面積で表す。2005年の世界の1人当たりEFは、2.7ghaになる。内訳は農地0.64gha、牧地0.26gha、漁場0.09gha、建物・施設0.07gha、CO2排出1.41ghaである。地球全体の自然の容量は1人当たり2.1ghaなので、0.6ghaだけ生態的赤字になっている。
 1人当たりEFは、高所得国6.4gha、中所得国2.2gha、低所得国1.0ghaとなっていて、中国、インド、ブラジルなどの新興国は中所得国に含まれる。そこで、地球全体での生態的赤字を解消するには、高所得国の1人当たりEFを大幅に削減するとともに、新興国の1人当たりEFの上昇をほどほどの水準に抑制しなくてはならない。
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C-2 生物多様性の変化
 WWFの"Living Planet Report"では、地球上の脊椎動物の多様性を指標化したLiving Planet Index を作成している。これによると、熱帯での生物多様性の低下が著しく、1970年を1として比べた2005年の指数は0.49に下がっている。とくに熱帯雨林での低下が顕著だ。  

C-3 栽培種の多様性
 生物多様性の低下は、田畑における栽培種の多様性の低下という形でも進んでいる。佐藤洋一郎によると、明治の中頃には、日本で栽培される品種にはかなりの多様性があったが、近年は栽培が特定の品種に集中し、各地の在来品種が消えていき、品種の多様性が失われた。

C-4 豊富な森林資源と低い木材自給率
 森林資源については、日本の国内には伐採時期を過ぎた人工林が未利用のまま蓄積しているのに、木材の輸入依存度が高い(2006年の木材自給率20.7%)という奇妙なパタンになっている。この背景には、戦後の住宅不足の時期に原生林に針葉樹を植林する拡大造林が過度に行われ、人工林率が高くなったことと、低価格の外材の輸入が急増したことがある。国内の産地から消費地への木材の加工・流通の経路が喪失しているため、国産材の利用を促進するには、その再構築が必要になっている。

C-5 風土に合った木組みの家
 健康的で日本の風土に合う住宅を国産材を使って建てられる仕組みをどうすればつくれるか? この問題について、1980年代後半から林業関係者、建築家、職人、生活クラブ生協などの消費者が議論を重ねた。その結果はっきりしてきたのは、日本の「伝統的構法」である「木組み」の技法を復活させること、それを支える木材の流通加工の仕組みの再構築が必要ということだった。
 議論の積み重ねを通じて、日本の木造住宅の問題点の多くが「在来構法」にともなうものであることが明らかになった。「在来構法」は、戦後の住宅不足の時代に生まれた、熟練職人がいなくてもできるように手間を省いた構法だ。伝統的な木組みの家では、木と木を接合するのに金物に頼らず、木に刻みを入れて組み合わせる技法を使うのに対して、「在来構法」では接合部分に金物を多用し、「筋違い」を入れる。「伝統的構法」では柱や梁が見える「真壁」づくりが基本なのに対して、「在来構法」では柱や梁を壁で覆ってしまう「大壁」づくりで、壁に新建材や合板がよく使われる。「伝統的構法」では木と土の湿度調整機能が高度に発揮されるのに対して、「在来構法」ではこうした点の重要性が忘れられ、問題への対症療法的な対応を重ねたため、アレルギーや「化学物質過敏症」が発生しやすい住環境になってしまった。
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