■「宇宙卵を抱く----21世紀思考の可能性」簡略版

AB.「A.パラダイム・シフト」「B.ポスト・マテリアリズム」の交差

AB-1 多面的セルフ・ディベロップメントの原点となる経験
 脱・物質主義的な方向への社会の構造転換を進めるには、若者たちが<多面的セルフ・ディベロップメント>(B-3)の原点となる経験をする機会を増やさなくてはいけない。どんな経験が、<多面的セルフ・ディベロップメント>の原点となるか一律には言えないが、<チームによる共創>(A-16)と<生成的なプロセス>(A-13)がもっとも基本的だと思われる。

AB-2 多面的セルフ・ディベロップメントを促す企業文化------前川製作所
 前川製作所は、町工場の人材育成力を保持しながら、国際的な事業展開をしている中堅企業だ。すべての社員が若い時代から、<チームによる共創>と<生成的なプロセス>を身をもって経験できるような組織運営の工夫がされていて、<多面的セルフ・ディベロップメント>の原点が共通の経験となっている。前川製作所では、<共創>が重要なキーワードのひとつになっていて、その考え方は、<共創>=<チームのメンバーどうしの共創>×<顧客との共創>と定式化できる。

AB-3 多面的セルフ・ディベロップメントの原点としてのフィールドワーク------今西錦司、川喜田二郎
 ありのままの自然や都市、ある地域の文化など<生きたシステム>を深く知るには、フィールドワーク的な方法が不可欠だ。そして、若いときにしっかりしたフィールドワークを経験すると、それがその後の<多面的セルフ・ディベロップメント>の原点となる。

AB-4 ドストエフスキイ小説の対話性とカオスの縁------ミハイル・バフチン
 M.バフチンは、ドストエフスキイの小説の特質は<ポリフォニィ小説>という点にあるという。つまり、主人公たちを、作者が勝手に操ることができる客体として扱うのではなく、作者の対等な他者として、対話的な関係を重ねていき、主人公たちどうしで論争させ、対話させる。こうした対話的な関係を深化させるために、主人公たちを危機的な状況に追いつめる。物語の安定した構造をつくることを重視するのではなく、主人公たちの錯綜した相互作用を通じて、<カオスの縁>における<創発性>に富んだ状態をつくり出そうとしたと考えられる。  

AB-5 フリー・プレイ(即興演奏)の対話性と創造性------ステファン・ナハマノビッチ
 <対話性>についてよく考えてみようとする時、即興との関係が重要な視点のひとつとなる。S.ナハマノビッチはバイオリンの即興演奏を好むが、彼は自らの方法を「フリー・プレイ」と呼んでいる。ジャズの即興演奏やインドの伝統音楽の即興では、演奏者たちがパタンを共有していることが前提としている。それに対して、「よく聴くこと(Listening)が即興のアルファでありオメガである。他の音楽家の音を深く聴き取りそれに応答することに徹すれば、ほかに何の指示もアイデアも構造も合意も必要としない。」とナハマノビッチはいう。そうしたやりとりを通じて自ずからパタンが生成してくる。こうした「フリー・プレイ」は<対話性>の根幹に触れるものだと考えられる。
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AB-6 声の即興と響きあう身体(響きの器)------多田・フォン・トゥビッケル・房代
 多田房代は、高度に専門化した音楽より、相手の身体の中から響くかすかな呼びかけを感じとり、それを糸口に対話的なやりとりをつくり出していくことに手応えを感じる。多田は音大で声楽を学んだが、声楽家としての道に進むことに気乗りがせず、音楽教室を営むうちに、子供たちとの「音遊び」を楽しむようになった。そんな中で障害のある子供との出逢いから、音楽療法に関心をもつようになった。ドイツの大学で音楽療法を学び、病院で仕事をするようになるが、ドイツで学んだ方法を実践するというより、多田の感応力の高さを生かした独自の音楽治療だった。
 多田は、一般の人たちを対象とした「声の即興」というワークショップを開くことがあるが、これも、自らの体験がもとになっている。公開ゼミナールで多田はある曲を準備していたが、その時の心身の状態はそれどころではなく、歌の途中でうなり声をあげてしまった。伴奏していたピアニストはすぐにそれに応答してくれて、即興の歌になっていった。心身の深部からほとばしり出るような声をもとに、それに調整を重ねて、周囲の人たちの心身にきちんと届く歌を生成させていく。「声の即興」の参加者は、そんなプロセスを体験し、自分にとっての声や歌とは何かを感じ、考える原点をうることができる。  

AB-7 東南アジア土着音楽のプリミティブ・テクノロジー------ホセ・マセダ、高橋悠治
 フィリピンの作曲家ホセ・マセダは、西洋音楽の教育を受けてピアニストになったが、フィリピンの棚田の風景の中で、ここでヨーロッパの作曲家のピアノがどういう意味をもつか疑問をもち、音楽学を学び直して、土着音楽のフィールド調査を重ねた。その結果、東南アジアには、きわめて古い時代から共通する音楽の基層文化があり、それは熱帯的な風土になじむ高い融通性と<共創性>をもち、未来への豊かな可能性をもつことを知った。
 東南アジアの音楽には、多人数の演奏者の協力の仕方について独特の考え方があり、例えば、5人の演奏者が別々の演奏をして1つのメロディーをつくりだす。5人でやっていたことを1人でできるようにするのが近代的テクノロジーであるのに対して、1人でできることを5人でやるのがプリミティブ・テクノロジーだと言う。マセダは、こうした東南アジアの土着音楽の発想を生かした現代音楽の作曲活動を行った。高橋悠治の水牛楽団も、マセダの問題意識を踏まえたものだった。
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AB-8 トントンギコギコ図工の時間---子供たちのブリコラージュ------野中真理子
 ナハマノヴィッチは、真の創造性はブリコラージュ( Bricolage )から生まれるという。ブリコラージュとは、手近な素材を使って工夫を凝らし、見事なものをつくりあげる手仕事を意味する。野中真理子監督の映画『トントンギコギコ図工の時間』は、子供たちのブリコラージュ的な能力を大事に育てていくと、多様な個性が開花することを示している。
 この映画は品川区の小学校の図工教諭内野務の授業を記録したもので、図工の道具や材料を置いてある「宝物室」が出てくる。材料の多くは、古釘、使い古しの板、廃材などのガラクタだが、子供たちが「この材料を使って何をつくろうか」と想像をめぐらすとき、ガラクタは宝物に変わる。

AC.「A.パラダイム・シフト」「C.資源制約と環境再生」の交差

AC-1 生命システムと分散的ネットワーク
   <生命システム>を、多数の遺伝子と蛋白質の複雑な相互作用からなる分散的なネットワークと見なすことができる。細胞分裂を通じてどんな細胞間ができるかは細胞間コミュニケーションによってきまる。そして、細胞間コミュニケーションを規定する重要な因子のひとつはシグナル伝達分子という蛋白質だが、この蛋白質をつくる情報も遺伝子に書き込まれている。といった具合に、<生命システム>の配線はきわめて入り組んでいる。

AC-2 文脈感応性(Context Sensitivity)と環境になじむデザイン------クリストファー・アレグザンダー
   C.アレグザンダーは、<生きたシステム>の端的な特徴を示すキーワードとして<文脈感応性>という言葉を用いている。生命をもつものがひとつひとつ固有の形になるのは、そのあらゆる部分が<文脈>に適応するからで、また、同じ<文脈>というのは2つとないと言う。それに対して、<機械的なシステム>では、規格化された部品を組み立てていくため、ひとつひとつの機械やその部品が固有の形になるということはない。
 アレグザンダーは、建築が深い美しさをもつには、<生成的なプロセス>によってつくられた<生きたシステム>である必要があるという。そして、建築にとっての<文脈>とは、建物を建てる場所とユーザー・ニーズだと考えられる。場所への適応について、建築はその場所を以前よりも生き生きとして美しい場所にするようなものでなければならない、という。
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AC-3 ロバストネスと複雑なネットワーク------アルバート=ラズロ・バラバシ
 <ロバストネス>とは、システムの内部あるいは外部の要素に変異が起きても、それに柔軟に対応し、システムの機能を維持する特性のことだ。福岡伸一の『生物と無生物の間』に出てくるエピソードのように、生命の重要な機能に関わる遺伝子を働かなくしたノックアウト・マウスをつくっても、何の異常も生じないといったことが起きる。これは生物がもつ<ロバストネス>を示している。バランの元祖インターネットと言える構想は、核攻撃に耐えられる通信ネットワークの研究から生まれた。この研究は「分散型」のネットワークは<ロバストネス>が高いことを明らかにした。バラバシは、WWWの構造について研究し、WWWは<スケールフリー・ネットワーク>としての特徴をもち、<ロバストネス>が高いことを強調する。生命システムも、WWWも<複雑なネットワーク>と見なすことができる。
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AC-4 ロバストネスと進化可能性------北野宏明
 北野宏明は『したたかな生命』の中で、<生命システム>が融通無礙に生きのびていける<ロバストネス>と環境変化の下で進化を遂げてきた仕組みの関係を検討している。システムの<ロバストネス>を支える諸条件を整理して、それが<進化可能性>の条件と重なり合うかどうかを調べている。<進化可能性>には、(1)致死的ではない突然変異の可能性と(2)できるだけ数少ない突然変異の重なりを通じて有利な表現型の変化を生み出せること、の2つが必要だ。(1)は<ロバストネス>と重なるし、(2)については<ロバストネス>の諸条件のうち、遺伝子の<モジュール構造>が重要だと北野はいう。  

AC-5 複雑なネットワークとしての生きた都市------ニコス・A・サリンガロス
 N.A.サリンガロスは、J.ジェイコブスやC.アレグザンダーの発展的な都市についての議論を<複雑なネットワーク>の視点を踏まえて再構成している。住宅やさまざまな都市施設をノードと見なし、ノードAとノードBが頻繁な移動によって結びついている場合、その関係をAとBの結合( connection )といい、移動によく使われる路を結合路(connective path)という。こうした多数のノードどうしの結びつきによる<複雑なネットワーク>が小さなスケールの<モジュール>をつくり、その上に数段階にわたって異なるスケールの<モジュール>がつくられる。
 サリンガロスはこうしたモデルをもとに、生きた都市が生まれるためには、スケールの異なる<モジュール>どうしの関係がどのような条件を充たさなければならないかを検討した。そして、多数の小さな建物が歩道と自転車路の<複雑なネットワーク>で結ばれた小さなスケールの<モジュール>が生物の細胞のように重要な役割をもち、この小さなスケールの<モジュール>の力を壊さないように注意を払いながら、大きなスケールの<モジュール>を時間をかけてゆっくりと生成させていくことの重要性を明らかにした。  モダニスト的な都市理論の欠点は、大きなスケールの<モジュール>を優先して小さなスケールの<モジュール>を犠牲にしてしまうところにある。
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AC-6 スマート・グリッド
 コンピュータどうしの通信から生まれたインターネットは<複雑なネットワーク>の典型例となっているが、分散型の小規模発電所のネットワークに情報技術を組み込むことによって、電力網を受給調整機能をもつ柔軟なシステムに変革していくという考え方がスマート・グリッドと呼ばれる。
 事業所や家庭の多くは、電力需要者であると同時に再生可能エネルギーの分散型の小規模発電所でもあるという状態になっていく。地域に電力需給調整事業体をつくり、ここが事業所や家庭の余剰電力を買い、不足分の電力を供給する。蓄電池が普及し、電力需給調整事業体が需給に応じてリアルタイムの電力価格を設定すると、事業所や家庭は、電力価格が安い時には電力を蓄え、高い時には優先度の低い機器の電力消費を抑制するようになる。こうして、ピーク時の電力需要を大幅に削減し、大規模発電所の供給力を低く抑えることができる。
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