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松井隼さんの思い出松井事務所以降
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*澤田 景穂

最後の飛翔から月日を経て

元 有限会社 松井隼事務所 澤田 景穂

 松井隼氏は、酒と煙草を糧とし思索をする、というスタイルを魅せてくれた、、私の憧れのヒトである。出会った頃であろうか、酒の席とはいえ“早めにぽっくりを目指しています”などと不適切な自己紹介をした私か、このような文章を書く事になろうとは思いもしなかった。氏と最後に言葉を交わしてから季節が一巡しようとしている。氏との想い出を振り返ることで哀悼の意を表し、追悼文とさせて戴きたい。

 氏とは、リサーチ/マーケティング/コンサルティングといった領域と、他事業の業務支援のような仕事を共にした。とはいえ、私がこれといってプロフェッショナルな仕事をしていたわけでもなく、プロジェクト毎に度々顔を合わせていた程度で、少しでもお役に立てていたのか、いささか疑問である。お互いのプライベートもあまり知らなかった。二十年弱周辺に居たものの氏の事務所には一ヶ月しか属していない。氏のライフワークのひとつといえよう著作権問題に関しても、よく氏からXXは知ってるか? 君はどのように考える? と呑み話をしていた程度である。私はいつも時間なく迷走していて、仕事としてあまり協力出来なかった事をとても悔やんでいる。

 氏との出会いはバブルがちょうど弾けた頃。氏がチケットのシステムを構築した後、文化・芸術・エンタテインメントを主対象領域とする『ぴあ』のシンクタンクを設立して所長を務められていた頃だ。氏を評するに仙人のよう、、との表現が多いのだが、当時既にずっと以前から仙人のような雰囲気であった。氏は酒をこよなく愛しておいでで、最上階のオフィスで夕方を迎えるとサントリー角のオフィシャルグラスにソレをなみなみと注ぎ、末席で作業していた私にまで“呑む?”と所長自ら配ってくれた姿を思い出す。仕事が肴であるかのように、ただひたすら酒と煙草を呑んでいた姿は印象的であった。

 差しでよく会うようになったのは、世紀末まで数年という頃合から。先の事業から離脱し、一時期、氏がひどく健康を崩した後の事だ。リハビリと称しておいでだったが、酒の肴にも箸をつけるようになり、個人事務所を構え、ゆったりと趣味のように仕事をしていた。私か見た中で、オフィスで一番愉しそうな氏の姿があった。
 カップ酒といえば、先述の角と同様酔い人愛飲の酒のひとつであるが、実はいろいろな種類かおる。“コレでないとな”と等級と銘柄を指定され“好きなだけ買ってきていいよ”と氏から小額紙幣を渡され、お使いに行っていた、、と元秘書役(御相伴役?)から聞いた。そのオフィスで仕事を肴に、プルタブを開け口をつけている氏の姿は、また格別に美味しそうであり、愉しそうであった。

 2005年後半寒くなってきた頃合であったか、お互い酔いが廻っていた夜、氏が“最近安い酒を受け付けなくなってきた”と、安酒場でさらに注ごうとした酒を断った時があった。思えばその頃には体調不良が深刻化していたのだろう。医者嫌いの氏が診断をやっと受けに行ったのは翌年春先。そのまま入院となった。治療が功を奏した部分もあったようだが、客観的には予断を許さない状況が続いた。病がそうさせていたのか、氏からはじめて伺う話も多くなっていた。そんな中でも皆へ気遣い“自身の心配は無用”と見舞いも断っていた。 ・・勿論“退院したら呑もう”ともあったのだが。

 結局、その後呑みの場を御一緒する事は叶わなかった。病室で起き上がる事に苦労するようになっても“眼力(めぢから)”は燃え立つようにあり、使われる事が少なくなった柔らかい手でしっかりと握手を交わした、、ほんの数日後、旅立ってしまったのだ。闘病期間は5ケ月あまり。とても短かく感じた。

 今さらに接する機会を積極的に持てばよかったと後悔している。病院で交わした言葉はそれまでの会話とは趣がまったく異なっていた。振り返り、独り呑んでも消化不良である。氏のプロジェクト群に何故お声をかけて戴けていたのか、直接伺いたかったが、本当の事はもう永遠にわからない。お会いして以来、共にトピックを追った日々はとても刺激的で興味深かったが、感謝の言葉も伝えられなかった事がとても残念でならない。

 氏が後年事業から距離を置き、少し時間を設けて愉しまれていたのが数学だった。分厚い文献を数冊持ち歩き、酒と煙草を糧に思索を燻らせてる姿には、言葉なく感服していた。後に主を失った真新しいMacに触る機会があった。プログラミング言語Cと、かつて一緒に仕事をしたソフトウェアを活用された数学の試作がそこにあった。。

今は、御冥福を祈る事しか出来ないのが、とても哀しい。

2007年初夏

松井隼記念館運営委員会 fieldlabo@as.email.ne.jp