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松井隼さんの思索社会システム設計
■ 数学
■ 哲学
■ 社会システム設計
『文化産業論』

『21世紀への高等教育』
*1 21世紀からの要請
 イ 異文化からのコミュニケーション
3 知的生産性の向上という課題
4 高等教育の改革

■ 学生時代の資料

21世紀への高等教育

ぴあ総合研究所 代表取締役 松井 隼/富士短期大学 フジビジネスレビュー Vol.3 No.1 (1992.9.1発行)

1. 21世紀からの要請
イ) 異文化からのコミュニケーション

 異文化ならびに自分の所属する社会の文化を理解する能力が今ほど求められている時代はない。旅人や観光客として距離を持って異なる社会・文化に接しているわけにいかない。
 日本社会が持っている合意形成のシステムは欧米や中国やイスラム社会のそれとは大きく異なる。合意形成システムの背景には世界観があり、また世界観の相違についての許容度の大小がある。合意形成システムをバックアップしている世界観というものには、論理的・客観的な認識とともに様々な歴史的感情が集大成されている。この歴史的感情をなぞることができなければ、その文化の内部の人間にとっては論理的・客観的な認識の体系も、そとの人間からは理不尽なものにしか見えないだろう。だから、異文化の理解には、感情の移入が伴わざるをえない。
 異文化圏からやってくる相手にたいしても同じ理解を要求することが必要だ。そのためには自分たちを彼らに表現していく必要がある。どのようにして自分たちの世界観を相手に伝えたらよいのか。自分たちの世界観は殆ど無意識化された習慣の中に存在しているのだから、それを相対化して意識の上に取り出さなければ異文化との交渉は不可能となる。
 日常生活からビジネス・外交にいたる様々なレベルにおいてこれは要請される。  高等教育というものがもしあるとすれば、そこではもっとも深い異文化理解とコミュニケーションの能力が養成されることが期待される。


ロ) 知的生産

 マイクロエレクトロニクス・新素材・バイオテクノロジーが技術革新の目玉として持て囃されている。
 現代の技術革新は、しかし、事業機会の獲得という次元を超えた所で開発テーマを持つ局面に入っている。例えば、医療技術と生命観という問題が提起されている。臓器移植技術が確立するに従って、生命とは何か、死とは何か問う哲学に答えることを医療技術は求められている。例えば、環境問題の克服という課題がある。これは現代の技術革新に課せられた歴史的課題である。新エネルギー技術開発の直面しているテーマは環境問題の克服である。石油・石炭などの化石燃料の枯渇にどう対処するのか。自動車と電気に代表される現代社会の生活スタイルを変えなければならないのか。原子力の利用は安全か。炭酸ガスによる地球温暖化にどのような対策を講ずるか。乱開発による自然破壊の問題も、やがてエネルギー問題とテーマとして融合することになるであろう。森林資源の乱開発に対する非難には、現在は、自然保護の感情が先走っているところがあるが、太陽エネルギーの活用技術としての森林という視点が与えられれば、直ちにエネルギー問題の中心に位置づけられることになる。また、原子力技術に限らず、安全性という問題はあらゆる巨大技術の直面する課題である。技術が巨大化すればするほど、事故は社会生活を直撃する。生産性や新市場を論ずる以前の問題である。
 技術革新の課題は産業社会における資本の生産性向上や新市場創出ということだけを求めるものでなくなり、人類の生活様式そのもののありようを探究する活動の一環となったのである。
 高等教育はこのための人材ニーズに応えなければならない。


2. 生産性の意味の変化

 従来の企業の生産性は「良いものを安く作ること」に他ならなかった。この原理自体は企業が存在する限り不変である。しかし、企業が生産をおこなう環境が変化し、生産という概念の内容が地滑り的に変化している。
 従来ならなにが良いものかが、予め示され、社会的な合意が存在していた。
 何が良いものかが、予め提示されている環境においては、不良品が少なくかつ安く生産が出来るような生産活動を設計し運営管理することが最大の課題であった。日本の企業がかつて目標とした生産性はここにあった。
 この時代の生産は、予め良いものが提示された上での「コピープロデュース」であり、その生産性を課題としていた。日本企業の生産技術はコピープロデュースの技術である。
 ( 誤解をさけるために付け加えておかねばならない。生産技術の開発は コピープロデュースではない。生産技術の生産は製造ではなく「クリエイティブプロデュース」の一領域である。それがもたらした生産性の向上は、少なくとも、製造工程に関する限り、巨大にものであった。加えて言えば、日本的経営は 「コピープロデュース」を行う生産の現場に生産技術の開発の一端を、担わせた。この日本的経営が生産技術の開発にどこまで寄与したかはソフト化社会のマネージメントに関する重要な研究課題の一つであろう。)

 しかし、予め「良いもの」が提示されている環境はほとんど消滅した。「何が良いものなのかを発見すること」が現代の企業の課題となってきた。
 この課題に応えるためには企業は従来の活動に加えて「何が良いものなのかを発見すること」に最大の努力をしなければならない。だから、開発コストが製造コストを凌駕する時代となる。
 ここから生産という概念の逆転が生じてくる。従来の概念では、製造がすなわち生産であった。しかし現在の状況は、開発こそが生産であるという時代に向かって一直線に突き進んでいる。この結果、知的生産へのシフトが進んでいる。理論研究・商品開発(デザイン開発を含む。デザイン開発という範疇には音楽・映像・文学など固有の文化ソフトを含めて考えたい。)・事業開発などの知的生産に携わる人々が増え続ける。
 知的生産の生産性をあげるものは何か。これがこれからの企業にとって最大のテーマとなる。

    
松井隼記念館運営委員会 fieldlabo@as.email.ne.jp